『落語家はなぜ噺を忘れないのか』を読みました

柳家花緑さんの『落語家はなぜ噺を忘れないのか』を読みました〜。

タイトルでひと目分かるように、昨今の「さおだけ新書」の一種です。最後の章でとりあげる「花緑の笠碁」が面白そうに思えましたが、私残念ながら花緑さんの高座には一度も出会ったことがないんですね。まず寄席で見ないことには始まらない、のでこれから見ることにします。しかし見に行くんだったら、こういう本読まなきゃよかったな、と後悔はしております。歪な偏見でもって見てしまう危険はあるわけです。

正直に告白すると、若い人では柳家三三さんが好きでして。あと二ツ目古今亭駒次さん、鉄道ネタの。この二人にしたってたまたま寄席で見たから知っただけです。でも覚えちゃってて。他の噺家は印象ないのにね。この差ですよね。この差はなんでしょうね〜ほんと。一度知ってしまうと、もう三三さん追っかけて見に行っちゃうんですよね。

もうなんというか…落語って出会いが基本的に少ないと思わせといて、そうでもないわけです。今はテレビなんかなくても、ポッドキャストもあればUstreamもあるし、CDもDVDもそこらじゅうに売ってるし借りれるんだから、その気になれば誰でも聞ける。笠碁だって検索すりゃあ出てきます。しかしそんなもんは落語じゃないとも言えます。落語知るならやっぱり寄席行かないといけないんです、ホントはね。でも暇つぶしの多い現代ではそうそう寄席に行けるもんでもなし、だもんでこういう落語本は読んでしまいますね。

まあグダグダ言っちゃいましたけど、高座見ないことには始まらないということですっ!