『アメリカ・インディアン―「発見」からレッド・パワーまで』を読みました

清水知久さんの『アメリカ・インディアン―「発見」からレッド・パワーまで (1971年) (中公新書)』を読みました〜。

ググって知ったんですが、著者の清水知久さんは2010年にお亡くなりになってるようです。「大泉市民の会」というベトナム反戦市民運動の創立者の一人で、アメリカ史研究、特にアメリカ・インディアン史の第一人者で著書訳書多数なんですが、古書しかないってのは非常にもったいない話です。

そういう私も、この本を買ったのは神保町、「新書」なのに古書で100円。とても1971年発行の初版とは思えないほどに傷みの少ない本でした…。アルカトラズ島占拠の事件を序章に取り上げ、「発見」当時からのアメリカの歴史をたどっていく構成なんですが、最後の章に近づくにつれて、1971年に書かれたという事実が読むほどにヒシヒシと迫ってきます。

例えば本文に引用されている朝日新聞の記事が、その前年の1970年に連載されていた本多勝一さんの記事だったりして、これはまとめられて同じ年に『アメリカ合州国』として出版されます。マーティン・ルーサー・キングが暗殺されたのが「3年前」、アルカトラズ島の占拠は1969年から1971年まで続いたそうですから、まさに現在進行形の出来事として書かれているわけです。例えば引用されている声明文は、檄文と呼びたくなるような緊張感がありました。こういうのを訳したり見たりしながら、日本の市民運動も影響を受けていったんでしょうね。

それから河合隼雄さんが接したナバホ族のメディスンマンは、この本に出てくるアルカトラズ島占拠の若者、あるいはNational Indian Youth Councilの若者たちと世代が同じでしょう。しかしあらゆる点で「ナバホはまだマシ」であることが伝わってきます。民主主義だか自由だか知らないが(と言いたくなりますよ)、声が大きくなければ話にならないのだから、規模の小さな部族やバンドはどういう扱われ方をされたのか。想像に難くありません。


あとがきに、インディアンの歴史はインディアンによって書かれなければならない、本書はそのためのつなぎである、と清水さんは書いてます。当時のここらへんの(反戦運動市民運動の)方々は、当然日本の歴史の見直しも図っていたのでしょう。沖縄でも、中国朝鮮でも、あるいは戊辰戦争でも、「日本はひどいことしたんだから、歴史を見直さないといけないですね」という結論に至るのは当然の成り行きだろうと。それはそうですが、しかしまあ振り返れば、それらの考えはもちろん間違っているとまでは言わないけれども、余計なバイアスを受けたり軋轢を作ったりして今に至っているんですよね。当時の反戦活動から始めて、いま現役の政治家になってる人っていっぱいいますけど、冷戦が終わってからは身の振り方がはっきりしない人が多いように見受けられます。それと同様に、この本も迫力はあるんですけど、ブッシュ時代以降のインディアン政策とは論点がかけ離れてて、「ああ昔はよかったんだな、こういうのに熱くなれてね」とか考えちゃいましたねー。

インディアン・スピリット

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