『昭和ドロボー世相史』を読みました

昭和ドロボー世相史 (現代教養文庫)』を読みました〜。

さすがに3.11の直後は、気持ちが読書どころではなかったんですが、とりあえずくっだらない本から少しでも読み進めようと思って読了したのが、長らく積んでいたこの本でした。

社会思想社の教養文庫、と言えば大体古本屋で買うものと相場が決まっておりますね。まだ版元が潰れて10年くらいだから大丈夫ですが、そのうち手に入れられなくなって後悔するって事態も起こってくるんでしょうか…。

とはいってもこの本は、実にくっだらなかったので頭空っぽにして読めました。著者さんも下世話な駄洒落などに走るわけでもなく、昭和の新聞に載った泥棒と世相を、ライター仕事的に淡々と書き連ねていきます。まああの、こういうのは文体云々はどうでもよくて、面白いネタがどれだけ集められているかがポイントとなりそうですね。

明治には仕立屋銀次などの有名泥棒がいますが、この本は昭和のみ。しかも戦前の話はちょこっとだけ、圧倒的に戦後のドロボーの話が多いです。戦前の話は面白そうなんですけどね。一次史料としての新聞雑誌が少ないからきついのでしょう。どのみち戦後の食糧難の時代から始めた方が、経済成長とともにドロボーも様変わりするというストーリーが組み立てられそう。で、案の定そうなっております。

まあ期待通りのおもしろドロボーがたくさん出てくるわけですが、窃盗だけですからそんなにバリエーションがあるわけもなく、飽きてくる部分も否めません。仮にあの変態番付で一冊作っても、工夫しないときっと同じような物足りない印象でしょうねえ。

面白かったのは、昭和18年に兵役を拒否した男が山に籠り、その後昭和30年まで山で暮らし、時々里に下りて盗んでいたというドロボーの話です。残留日本兵と言われると、フィリピンやインドネシアといった苛烈な場所での隠遁生活を想像してしまうんですが、この人の場合はいわゆる"非国民"の兵役逃れ。岡山県里庄町の虚空蔵山で生活していたそうです。彼の兵隊嫌いは子供の頃からで、兵隊検査の時には醤油をがぶ飲みして熱を出し、運良く丙種となったといいます。それが、大阪で郷里の父親から召集令状の電報を受け取り、同僚に見送られて大阪を起つんですが、郷里では下りず、そのまま憲兵からの逃亡生活が始まります。山では火を絶対に使わず、すべて生で食べてしのぎ、最初の4年間は誰にも会わなかったといいます。それから米の飯が恋しくなり、里に下りては失敬するようになり、そこで終戦も新聞やなんかで知ったそうです。

"兵役拒否"というと、”良心的兵役拒否”など、なんとなく立派な行為のように言われたりします。この人の場合は"卑怯な兵役逃れ"です。でも違いはないと思いますよ。この選択を決断した人は、全国各地に少なからずいたんじゃないかなと思うんですが、なにかまとまった本はあるんでしょうかね。映画『キャタピラー』でもそんな兵役逃れが出てました。「非国民と言われようと関係ねえ、兵役を逃れるんだ」という物語は、無名の人間であればこその物語でしょう。逮捕された時には、故郷の親に早く顔を合わせたいと彼は涙したといいます。小さな村ならばなおさら、非国民を出した家と呼ばれる屈辱もあったことでしょう、そういうのを想像すると、胸が熱くなりました。


全然ドロボーとは関係ない話になってしまいました。この装丁が素敵なんすよねー。中身がくっだらないドロボーの本だけに、そのギャップになんだか1991年という時代を感じますねー。装丁はローテ・リニエさん、イラストは廣中薫さんです。