『与太郎戦記』を読みました

春風亭柳昇さんの『与太郎戦記』を読みました〜。

与太郎戦記 (ちくま文庫)
春風亭 柳昇
筑摩書房
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落語家さんって文章の達者な方が多いんですね。柳昇さんの召集から終戦までの戦争体験がまるっと書かれています。タイトルに与太郎とありますが、柳昇さん自身は全然与太郎ではなく、将校にも敬礼されるような手柄を立てたりしてます。面白かったですねえ。戦地というのは生死にかかわるだけに、戦争を書いた文章は、たとえオモシロおかしく書こうとしても、生きるために存在する人間の本質がにじみ出てくるところが面白いです。腹が減った、ビンタ喰らった、要領よくなった、童貞なくした、父母を思った、隣で戦友が死んだ…と簡単に並べられるんですけど、『漂流』読んだ時にも思いましたが、やはりこれらのことは普段の生活では忘れています。戦争を忘れてはいけない、と簡単に言いますが、大方は忘れるようにできていますからね。やっぱり時々はこういった本を読んで思い出さないとならんなあと感じました。

終戦後に落語家になる方ですから、文章の端々に怜悧な観察眼を感じました。兵営で同室の伊藤一等兵がこっそり食べ物をくれたことや、前科があってネコババして憲兵に捕まった「仏さん」、赤羽の娘さんとの初恋、ホモ中隊長に顔中キスされた話、演芸の慰問会で七五調の名司会をする中隊長、酒を飲ませる怪しい大陸浪人や、病院の新米看護婦…単なる戦争の思い出話と言うにはもったいないほどに、いろんな人が出てきます。人が集まれば、それだけいろんな人がいるんですねえ。

現実にあったことと思いつつも、次はどうなるんだろうとワクワクして読ませる文章です。もちろんこの話は柳昇さんが書かれたものだから、生き残っちゃうんだろうなあという結末は分かってるんですが、どうやって昭和20年8月15日を迎えるんだろう…という興味でツルツルっと読めました。柳昇さんが敗戦をどう感じたか、そのあたりはほんの少し、わずか1~2行だけしか書かれていないってのも実にいいもんですね。あの戦争をテーマにした本や映画というのは、どうしても敗戦後の空虚さに重きを置いてしまいがちですが、なんだかそれも今となっては予定調和的ではないかと思うんです。なにかこう、伝える側が、「戦争はいけないものですよっ!」って、やけに力んでいるのが見てらんないというか。

ちょっと自分の話をしますと、いまワタクシは41歳なんですが、多分日教組志向の戦争教育を小学校中学校では受けたんだろうなと記憶してます。そんで30前の頃かな、小林よりのりのゴー宣の影響を受けまして、自虐史観とかいう言葉にも触れて、なるほどぉ〜と大いに首肯したこともありました。まあ今では右とか左とかはもうどうでもよくて、ネトウヨサヨクもなにか違和感があって、これ以上は戦争モノに近づけないと感じるようにもなりました。「はいはい戦争ね、終戦終戦。日本が悪うごさいました!」って空気が自分の心に流れてしまうのもイヤだったし、未だにあの戦争の解釈をしている方々には申し訳ないですが、さっさと自分は降りたって宣言する方がラクだって思っていたのは否めない部分です。

ただ一点だけ、普通の若者がどれだけ召集されてたかを考えると、やっぱり先の戦争を始めた遥か上の方の連中は許せませんね。大本営発表で適当な戦勝記事を並べて民衆を欺いて、何のために苦しい生活をせにゃならんのと文句を言いたくてもお国のためだから我慢しろとか言う始末。「ただちに健康に影響を与えるものではない」と一緒ですね。しかしそれを非難したところで、誰が為政者になったとしても、同じことの繰り返しでしょう。法律だかなんだかで首根っこ捕まえて自分の思い通りにさせるのが政治とか国の本質ですから。誰も刑務所みたいなとこなんて行きたくないから、イヤでも渋々徴兵検査を受けにいくしかない。幸徳秋水だって日本国にポアされました。だから自分がキングになるしかないんですね。んで、結局なれるなれない以前に、キングなんぞなりたかねえなあと思うんです。庶民の道を行くしかない。

柳昇さんにしても、迷わず弱い方につくことができなければ、これだけの文章も書けないでしょうし、ましてや落語家なんて職業を選ばなかったと思うんですよね。「お国の為に戦った人々は、本当に普通の庶民だった」事実は、かなり大事なところだと思いました。

柳昇さんはあとがきで、この初版本がきっかけで、戦友会とも仲良くなってよかったと書いてます。15年くらい前に自分がよく行ってた五反田の安い居酒屋では、戦友会の集まりが頻繁にあったのを思い出しました。仲間とぐだぐだ飲んでると、テンションが上がってきた戦友会のじいさん連中が軍歌を歌い出して、うるせーなあジジイどもは、みたいなこともあったんだけど、いまなくなってしまったんですよねーあの店。そういう戦争の名残が消えつつあること、これちょっと恐ろしいなあと思ったり。