『オーラル・ヒストリー--現代史のための口述記録』を読みました

御厨貴さんの『オーラル・ヒストリー--現代史のための口述記録』を読みました〜。

どうも私が勘違いしていたようで、期待していた内容とは違っててすっきりしませんでした。オーラル・ヒストリーというのはスタッズ・ターケルの仕事やLibrary of Congressに収められているアメリカ南部の音楽やフォークロアなどの膨大な記述やアーカイブの収集を指した、社会学の術語だと思っていたんですが、この本は社会学とは関係なくて、単に私が政治家や官僚へのインタビューだと思っていたものを指して、著者の御厨さんはオーラル・ヒストリーと呼んでいるようです。『谷根千』編集者の森まゆみさんとも、「われわれの」オーラル・ヒストリーとは共通しているが別物だと、おっしゃりたいようです。民俗学での「調査地被害」などの例も出しつつ、注意深く読むとそれらをオーラル・ヒストリーとは呼ばずに「聞き書き」や「インタビュー」と表現しているんですね。どういうこっちゃ、と少し訝しく思いました。

この本では、御厨さんの言うところの「われわれの」オーラル・ヒストリーとは、「公人の、専門家による、万人のための口述記録」だそうです。公人というのは官僚や政治家のことで、ある時期の日本の政策決定について、文書による記録だけでは全体像がつかめないということがままあり、その時期に関わった官僚や政治家へのインタビューからその全体像を引き出して理解しよう、ということのようです。機密に関わった官僚や政治家へのインタビューは話せないことも多いんですが、話せないなら話せないなりに、口述の記録から「ああ話せないことがあったのだな」ということが分かるっていう寸法です。

さっきから「われわれの」って書いてるんですが、これ頻繁に文中に表れておりまして、どうも御廓さんの仕事が政治方面だから、という意味あいよりも、政治に関する口述記録こそが本分であると考えているようです。別にその考え自体はいいんですが、現代史とは政治史であると言い切ってしまっているように見えてしまうのが玉に瑕です。

それでも面白いと思ったことはいくつかありました。石原信雄にインタビューした御廓さんの共著「首相官邸の決断」という本は、それまで事務方のトップである内閣官房副長官という仕事の内容すらよく知られていない状況であったところに、石原信雄からあんなことこんなことをいろいろ聞き出しましたよという仕事で、中央公論に掲載されるや官房の番記者がみな熟読したそうです。湾岸戦争が勃発した混乱から、どうもアメリカの意図ってのはこういうことらしい、という真実がだんだん分かってくる…という感じの本らしいです。なんだかご本人が書いてる著作なんだからおいおい自慢話かよって感じもしますが、眉に唾つけてもこの本は読んでみようかなと思いました。

こういう日本のトップ、高級エリートたちのことは、ずっと黙して語らず秘すれば花ってのが美徳だろうよ、としか思ってませんでしたが、こうやって口を開かせて言葉を吐かせるっつーのは下品なことではなくてね、ちゃんと意義深いものだって感じられる感性を持ってもいいんじゃないの私のような庶民でもさ、と思いました。