『マグノリア』を観ました

ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』を観ました〜。

私は『ブギーナイツ』をとても重要な映画と思っているんですが、その他の彼の監督作品は実はまだ観ていないという次第です。あまりにもPTAがカルト的な認知を得ているのを目にすると、逆に見たくなくなっちゃうもんなんですよね。ちょうど今年になって新作のメガホンを執ったというニュースも聞いたので、これからボチボチと見ていこうかと思っております。

さて、なんつってもタイトルが『マグノリア』です。コレ抽象的ないいタイトルですね。『マグノリアの花たち』って映画もあるから、アメリカ南部が舞台の映画かと思ったら、そうでもないし。マグノリアは花びらが6枚あるので、主要な人物は6人だったかなと数えたけれどもそれ以上は確実にいるし。よく分かりませんが、検索する気にもなりません。なぜならこんだけ濃い役者ばかりを集めて、しかも長尺3時間の超大作という、なんかもうそれだけで「マグノリア〜!」って感じがするからです。もうお腹いっぱいです。そして何よりも、映画においては(ましてや現実においても)「空からカエルが降ることもある」という定説を作ったエポックメイカーとして、この作品は重要だったのですね。ありがたやありがたや。

ところで北野武の映画に役者がみんな出たいと言うのは、思いっきり悪役ができるからって話をどっかで聞いたんですが、PTA監督もそういう磁力があるような気がします。というのも、どの役柄も状況がキワキワで、感情の揺さぶりが常に待ち構えており、脚本的には確かに群像劇でありいろんなストーリーが重なっているんですけど、場面ひとつひとつを見ていくとこれはエチュードの積み重ねのようであり、なるほどこういう映画だったら役者も頑張れるだろうなあって気がしました。その上でPTAのもはやシグネチャーでもある長尺のカメラワークとか、いろいろと映画好きには堪えられない要素があるから人気があるんだろうなーと感じています。


役者の話をしたいんですが、一点だけ最初に言わせていただくと、なぜヘザー・グラハムがいないのか。メローラ・ウォルターズが演じたジャンキーの娘さんをやるべきではなかったのか。でもメローラ・ウォルターズで大正解でした。映画全体を最後に締めた笑顔も心に残りましたが、ヤク中演技では『スーパー!』のリヴ・タイラーよりも印象に残った理由は、やはり根底に流れる心理の動きなのかもしれません。


彼女の心を動かしたのは他でもない警官役のジョン・C・ライリーです。二人のキッチンでのシーン、出がらしのコーヒーを淹れてまずくて捨てるまでのシークエンス、その後一回ドアを閉めて帰るけど思い切ってデートの約束をするあたりは、とてもいい流れでした。クイズ番組のテレビ局での長回しも派手ですごいけれども、実はこっちの方がすごいなあ。ジョンCが警棒を落として一回階段下まで行くとか、細かいですけど演出がホントいいなあって思います。そしてジョンCは、明らかに私のヒーローです。ホントかっこいい。こういう味のある警官役は、これまで観たなかでは『スーパーバッド』のビル・ヘイダーにも匹敵します。職務中の立ち居振る舞いはもちろんですが、寝室でお祈りする画もかっこいいです。『サイラス』も『デューイ・コックス』も『俺たち義兄弟』も『おとなのけんか』もそれぞれ良かったけれども、結局これが一番かっこいいジョンCに決定です。


トム・クルーズの良さは言うまでもないでしょう。この人は異常俳優だと思います。キャメロン・ディアスの男版というのかな、存在感がまるで違うんですね。セックス伝道師としてのクレイジーな役どころで最後まで突っ走るのも一興だったんですが、そこはPTA流というんでしょうか、インタビューされている時の沈黙のカットは、図らずも『ブギーナイツ』のドラッグ売買のシーンを思い出してしまいました。あと死の近い父親のそばで大泣き演技もできて、とても重要な役でしたねえ。PTAのトム・クルーズの使い方は絶品だったんではないでしょうか。


フィリップ・シーモア・ホフマンの看護士姿、ハマりました。本作の居並ぶ名優たちの中では一番何事も起きない役どころだと思うんですが、もはやいるだけでPTA映画っていうことなんでしょう。彼はなんといっても『カポーティ』と『脳内ニューヨーク』の2本での印象が強烈だったんですが、なにかこう、病んでる人スレスレの感じをいつも醸し出してくるので、簡単なキャラでも難解になりがちなんですね。脇役であったら『マネーボール』や『パイレーツロック』でもわかり易いんですが、もう少しこの人の主演級の映画を見ないとうまく言えません。とはいえ本作の看護士役で、彼は、職務に忠実すぎて涙もろいところが、作品全体のトーンに人間味を与えていたと確信しています。


人間味という点では、ジュリアン・ムーアのイカレた感じも、かなり人間臭かったですね。なんか女優二人がどちらもクスリに走るような弱さを持っているんですが、人間の本質を突いたって思わせるには十分な仕掛けなんでしょうか。もうちょっとどうにもならない人生をどうにか勝ち残ろうというキャラであって欲しかった、と思いますけどどうなんでしょう。この映画って全体的に家族運のない人ばかりなんで、例えば育てなければならない小さな子がいたりしたら四の五の言ってられないわけで。それもひとつの仕掛けだったんだなあと、後から思えてきます。そういや『ラブ・アゲイン』でもジュリアン・ムーアは割と小さなことでテンパる人でしたね。


ふー、いろんな名優だらけでホントすごい映画ですねこれは。ウィリアム・H・メイシーのことも書きたいんです。『団塊ボーイズ』での4人のオジさんの中での軟弱枠だったりする気の毒系な役者なんですが、PTAの映画では相当重要なんすね。言うまでもなく『ブギーナイツ』での70年代最後のパーティでの拳銃自殺、あのシーンがとても印象的でしたが、本作も強烈です。最も記憶に残るキャラでした。