『幸せへのキセキ』を観ました

キャメロン・クロウ監督の『幸せへのキセキ』を観ました〜。

チート臭のプンプンする邦題、マット・デイモンスカーレット・ヨハンソンの共演、家族のつながりをナンチャラというストーリー、鑑賞後の感想コメントの「感動した」の多さ…これらが複合的に重なり合って、避けたほうが無難な映画と思ってたんですが、実際はそうでもなく、「幸せとは何か」を描くことに冷静な、落ち着いた作品でした。

マット・デイモン父親役なんですね、しかも奥さんと死別してまだ半年という設定。『メタルヘッド』のレイン・ウィルソンの役柄の境遇と似ているんですが、子供の世話で忙しい朝のシーンを見てずいぶんと悲しみからの社会復帰が早いのですねえ、という感じからお話が始まります。まあ『メタルヘッド』の方が描きすぎってことなんだろうなあきっと。実際、男のオトナ、しかも子どもの親となれば、ウダウダ言ってられない、泣くとしたらキッチンで死んだ妻の画像見てひとり泣く、そういう演出と、マット・デイモンの演技が、やっぱり頼もしいなって思いました。すでに私は、結構マット・デイモンを信頼しきっちゃってるんでしょうねえ。

悲しい現実から逃れようと家を探したらそこが動物園だった…現実離れしているんですが、これが実話。そりゃ鼻が多少でも効くなら速攻映画化するでしょう。序盤からそんな無理強いさせられたのでこりゃ面白くないパターンかな、と思っていたんですが、結構中盤から盛り返してきました。振り返るとどの辺から面白くなってきたのか…そうそう、トラの安楽死のクダリと、父親=息子の葛藤のクダリが、キレイに合わさったあたりから、なるほどなーって思っちゃったんですよね。

これがなければ、ちょっとイイ映画と思ったかどうか分かりません。検査に通るために四苦八苦、資金繰りに困ったら奥さんのヘソクリ、いよいよ開園するってのに大雨、愉快な飼育スタッフ、あくまで無邪気な娘さん…まあホントに、このあたりは想像がつくし、さもありなんって部分だと思うんです。しかし、難しい年頃の息子にとっては母親の、主人公にとっては妻の、死別の悲しみをどうやって乗り越えて幸せになったのか、このキモの部分が思い出そうとしても思い出せないほどに間接的な表現だったこと、これが私は素晴らしいなって感じた部分なんですね。単なる映画のご都合主義とも思えないし、これは結構映画のマジックだなあって思いました。

楽しかったのは、検査官がアラをほじくり返しているシーンで、アイズレーの"Work To Do"が流れたこと、そしてクマの檻の鍵が壊れたあ! のあたりは分かりやすくてナイス。そんで開園後の絵作りの幸せ全開っぷりが、実によかったです。「終わりよければすべてよし」の法則でした。