『コミュニティ イングランドのある町の生活』を読みました

ブライアン・ジャクスンの『コミュニティ イングランドのある町の生活』を読みました〜。

最初にお断りしておきますが、これずいぶん古い本です。だからamazletを律儀に貼ることは致しません。だって売ってないんだもの。晶文社刊、1984年発行です。人文系の方ならこの辺りの晶文社にハズレはないって気分は雰囲気的に分かっていただけるかと思います。

原著は1968年刊行、原題は『労働者階級コミュニティーー北部イングランドの一連の研究にもとづく若干の一般的概念ーー』、だそうです。学術書ですなー。その後絶版になっているそうです。ピーター・タウンゼント、マイケル・ヤングといったスター学者がブイブイ言わしてた頃に出版されたようですねー。

私はおよそ20年前には学生だったんですけれども、そのとき社会学に近い専攻だったんですねー。ところが社会学っていうのは当時にしてもう風前の灯という感がありまして、ポスト構造主義なんてのもとっくに通過しておりましたから、もっとアカデミズムを横断してこその知だとかなんとか、まあそういったことから新しい学部や学科がいろんな大学に出始めたころじゃなかったかなと記憶しております。なんせ「社会学」という言葉の響きがね、やっぱり時代を感じますよねー。今だったらカルスタということになるんでしょうかね、ずいぶん軽いスタディーな響きがしますけれども。

社会調査、ソーシャル・サーヴェイと呼ばれる方法が、そんな主観の入り込むような調査はクソ以下だみたいな感じで、民俗学文化人類学などの方面で辛らつに批判されて、それと同時に量的なデータや統計の手法が用いられたりもして、変な方向に傾いていったんじゃなかったかな、とそんな記憶があります。社会学が学問としての存在意義を見つけるために試行錯誤したんですが、学問からあっさり降りた谷川健一さんのような人もいるわけですからねー。学問として怪しかろうが、妖しかろうが、その面白さはなにか惹き付けられるものがあると私は思ってまして、だったらこうした「社会学」の学術書をただの読み物として読むのもいいんじゃないの、と考えております。

前置きが長くなりましたが、本書は、工業都市、というかなんの変哲もない労働者の町である、イングランド北部のハダズフィールドでの、労働者の生活というものを「社会調査」の方法でもって丹念に調べた傑作です。訳者あとがきで大石俊一さんも書かれていらっしゃいますけれども、一般的に、長いことイングランドあるいはイギリスの情報というのは、ブリテン島南部の大都市ロンドンを中心とした中産階級的なイメージでしか伝わってこなかったと、であるから本書でかの国の全人口7割を占める労働者階級の生活が描かれていることの価値を重く見よ、とのことなんです。

面白いんですよねえこれが。特徴的なものを以下3つ挙げときましょう。

まず多くのブラス・バンドがハダズフィールドにあるというんですね。工場、近所、労働者クラブでのお付き合いでバンドを始めて、そしてみなベルビューでのコンテストでの入賞を目指すんです。これは工場労働者たちのサークル活動の延長のようでいて、しかし地域社会のさまざまな行事にも登場するんですね。社会人ブラスバンドってことです。これ、全国規模で言ったなら無数にあります。日本で言うなら阿波踊りよさこい祭りの連みたいなイメージでしょうか。この「ブラス・バンド運動」はこの当時の記述では、学校や当局からは見事に知らぬふりをされてて、バンドの経営にはどこも四苦八苦しているという状況です。

次に「労働者クラブ」というのが登場します。クラブは、地域の労働者とその家族のたまり場のようです。利用者が会費を払って成り立っています。自治に携わる人は禁酒主義者が少なくないんですが、ビールは欠かせないようです。娯楽施設もステージもあったりするようです。ビンゴや賭け事もしたりするようです。居心地のよい飲める公民館という感じでしょうか。近くにパブもあるんですが、パブに行くときは仕方なくってことが多いようです。多かった、という感じでしょうかね。在りし日の風景といったところでしょう。今はさびれちゃってて、逆に守ろうという動きがあるようです。

あと面白かったのは、ボウルズへの熱狂です。crown green bowlsという、手で転がすゲートボールみたいな、けったいなスポーツがありましてね。大体どこの労働者クラブも、この競技を行うボウルズ・グリーンを整備するのには投資を惜しまないようなんですよ。しかしクリケットもそうですけれども、日本になじみのないものはとことん分かりませんね。動画を見たところでルールもなんも分かりません。

つらつら書きましたが、著者のブライアン・ジャクスン氏がこれをわざわざ上梓したのは、これらの労働者コミュニティの姿が、この当時の英国ですら一般的に知られていなかったという事実は大きいでしょう。社会学に意義が見出せたのは、まさにこの点です。中産階級がマスメディアを占めて大量消費の時代が進めば階級差が云々、といかにも古臭い社会学ジャーゴンで著者も説明していますが、熱かったんですよねきっと。第1章で著者は、自らがここで関心をもっているような種類の労働者階級の「創造的経験」を見出せるものとして、北部工業都市出身の三人の芸術家を挙げています。画家のL・S・ロウリー、彫刻家のヘンリー・ムーア、そして作家のD・H・ロレンスです。いいことおっしゃてます。箱根彫刻の森、行きたくなりましたよ。