『島抜け』を読みました

吉村昭『島抜け』を読みました〜。

島抜け (新潮文庫)
島抜け (新潮文庫)
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吉村 昭
新潮社
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「島抜け」他二篇を収めた短編集です。これまで吉村昭の作品世界をうろついてきて、「とうとうここまで到達してしまったか…」と思ってしまいました。すべてが吉村昭ワールドど真ん中!という直球の作品です。

まず「島抜け」。大阪から島流しされる場合は、壱岐、薩摩諸島、肥後諸島に流されていたようですねえ。まさに直前に読了した松本清張『無宿人別帳』とは対称的でして、同じ江戸時代の流刑を扱った作品なのにまったく別の世界に感じられるのが面白いですね。『無宿人別帳』の中の「逃亡」は江戸→佐渡の水替人足の島抜けを、心理劇のようなプロットで見せています。もうひとつ、「流人騒ぎ」では江戸→八丈島の流人の逃亡を描いており、流刑となった僧侶が島の女とできちゃったりしててホンマかいなって部分はありますけれども、なにか事を起こすのに女は登場人物として欠かせないようです。そしてこの八丈島の入島のあたりの描写が、吉村昭「島抜け」とぴったり一致してましてねえ、笑っちゃいました。

私もあまり比較対称を本意とはしてないんですが、もうひとつだけ。清張「無宿人別帳」と吉村「島抜け」の最大の違いは、囚人らに対する下級役人の態度ですね。清張作品ではニヤニヤして囚人を相当蔑んでいる、一方で吉村さんでは丁重に扱っているという。このあたりはどちらも真実であろうと思います。私は幸いにして捕まったことがないので分かりませんけれども、同じ態度でも人によっては受け取り方が違うように、囚人が役人のことをどう感じてたかなんて外からは窺い知れないもんじゃねえなあ、なんて思いました。漂流のシーンの描写はまさに『漂流』のそれに近くて、これもまた吉村昭さんだなーと納得です。

二つ目の「欠けた椀」は、甲府あたりの百姓夫婦が飢饉で村を離れ彷徨う短編です。どフィクションなので想像力全開です。そのせいか、夫婦の困窮の極みは『破船』の貧しい村の描写と近いようです。この死線を彷徨う者への吉村さんの眼差しはかなり徹底してて、『漂流』においても、無人島での食えるもの食えないもの、真水をどうするか、など、人が生きるために必要な食い物についてずっと探っているようですね。これまた私は幸いにして飢餓を体験していないので、いろいろ甘い考えを想像するんですが、どうなんでしょうねえ、やっぱりこうだったんでしょうかねえ。なんとも言えません。

最後の短編「梅の刺青」は、明治維新後の人体解剖の様子を史実に即してドライに書いたものです。うわ、これはアレだ、「少女架刑」という短編だ、とすぐに思い出しました。さらに驚いたのは、雲井竜雄が刑死後に解剖されてたとはねえ。藤沢周平さんはそれについて触れてませんでしたけど、つながるもんですなあ。いや驚いた。