『名短篇、ここにあり』を読みました

北村薫さんと宮部みゆきさんが編集した短編アンソロジーの『名短篇、ここにあり』を読みました〜。

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

筑摩書房
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いろんな文学賞の選考委員をやってるお二人が選んだ短編集です。そりゃもう、率直に、とても面白かったですよ。作られた物語のスジとかオチというかを捕まえるために文章を追うっていう楽しみが、まあ読書の魅力のひとつですけど、その魅力を存分に堪能できました。本が好きで本をいっぱい読んでいるからこそ、これだけ多種多様な短編を選べるんでしょうねえ。選ばれた作品はなにかテーマがあるわけでもなく、あえてバラバラにしたんでしょうけど、どれも読むということの醍醐味を味わえてしかも短編だから短い時間で読み切れるっていうのはいいですね。さらに、一度も読んだことのない作家のも読めるからお得でした。

それぞれの作品にちょっとずつ感想を。

となりの宇宙人(半村良

アパートに宇宙人がやってきます。実にくっだらない話ですね。これを冒頭に持ってくるあたりが、この短編集の狙いでしょう。結末もだらしないんですがそこがイイんですね。

冷たい仕事(黒井千次

旅行先の部屋にあった冷凍庫の霜を、男二人が真剣に取るというお話。これもまた、くっだらなくて、ホントどうでもいい設定だけに面白いです。

むかしばなし(小松左京

老婆が民俗学の研究会かなんかでむかしばなしを語っていくうちに…これ多分どうにかなっちゃうんだろうな、と予想しながら読んでしまいますね。オチは普通。でも、繰り返しますが、それでいいんですね。あの小松左京さんがこれを書いてるってところがおかしいです。

隠し芸の男(城山三郎

サラリーマンが出てくる本はめったに読まないのでわりと新鮮でした。会社の宴会で隠し芸を、というあたりに、どうにも時代を感じますけど。まあでも、頭で考えても書ける設定だなって話を書ききっちゃうところが、筆力ってもんでしょうね。

少女架刑(吉村昭

これは死体が一人称っていうところが面白いんですね。人が死んでからの死体の行く末を、つぶさに取材して書かれたものだと思います。読み終えてみるといつもの吉村作品と通底しております。

あしたの夕刊(吉行淳之介

作家が書けずに悩んでいるところから始まって、未来の新聞が届きましたよっていう話。んー、オチはそこかよ、っていう意外な感じ。こういうヒマネタみたいな題材をモノにしちゃうからプロなんですね。

穴―考える人たち(山口瞳

穴を掘る人の話、でいいのかな? このワケの分からなさってのはどうなんでしょうね、古い感じです。赤塚不二夫作品とかタモリの芸にもこういうのありそうですね。真面目に考えると負けっていう話です、多分。

網(多岐川恭

投げ網で殺人の計画を立てるっていう話。バカらしいんですが、無理な発想が面白いです。多岐川恭なんて初めて知りましたよ〜普段はミステリーを読まない自分でも読まされるってのが、こういう短編集のいいところですね。

少年探偵(戸板康二

短いなーこれ。題名通りのお話でした。ほとんどワンアイデアで書いてるんじゃないでしょうか。漫画の連載の何話分かのアイデアをプロットにしたようなコンパクトな感じのお話です。まあこんなのばっかだったら、読者なめんなよってところでしょうけれども、これはこれでアリです。

誤訳(松本清張

オチまで読めばなあんだ、という、大した話ではないんですが、書き出しから異様な感じでグイグイ読まされるんですね。さすがは御大の文章って思いました。まあほんとに「異様」って言葉がぴったりですね。文章の中にいま何事かがまさに起こっている、その起こっているコトを追っかけることに集中させられるっていう、実にテクニシャンだなと思いました。繰り返しますが、オハナシ的には大したことありません。

考える人(井上靖

一番好きですねーこれ。大昔に興行師が持っていたコウカイ上人の木乃伊と出会ってて、のちに東北地方の木乃伊を研究する調査団に誘われてコウカイ上人と再び対面できることを思いつつ、その人の生い立ちをあれやこれやと調査団のメンバーが詮索して、最後には上人の人生がうまくまとまります。要するになんの歴史的な確証もないし、そのため「木乃伊になったコウカイ上人の伝説」というテーマを考えても、物書きとしては先に進めないんでしょう。それでも、なんらかの理由で長中編になり得ない素材ってのが、こうやって短編になったりすることもあるんでしょう。小説以前の小説っていう感じの文章が、勢いそのままにまとまってて、しかし終わり方なんてとっても文学的で、おののいちゃいました。それにしても遠藤周作井上靖と、御大を並べて来ましたか。この辺り、この短編集のメインイベントかもしれません。

鬼(円地文子

うーん、物足りない話かなあ。シメにこの作品を持ってきた編集の感覚を吟味してみたいところです。円地さんも読んだことないんですよねー。何か本場所的な作品を読まないとなんとも言えないです。