『ホテル・アイリス』を読みました

小川洋子さんの『ホテル・アイリス』を読みました〜。

ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)
小川 洋子
幻冬舎
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なんとまあ、立て続けに小川洋子作品です。『偶然の祝福』の文庫の解説に、川上弘美さんの朝日新聞の書評が載っておりまして、いわく小川洋子作品では「短編は本書、長編ならホテル・アイリス」が現時点でベストだと断じております。現時点ってのは2001年なのですけど、まあそうまで言うなら読んだろか、てなもんです。川上弘美さんもお名前だけはよく聞くんですが、全然読んでないっていうのはまあ置いといて、こういうきっかけで読まないとなかなかね、手が出ないもんですんで、気が変わらないうちに読みましたよええ。

面白かったんですよねこれが。予備知識なく読んだというわけではなくて、『偶然の食卓』の中の「エーデルワイス」という短編の中で、「海辺のホテルの娘と、ロシア語の翻訳家が恋をする物語」として触れられておりまして、へえ恋ですか、とは思ってたんですよね。だもんで、いい感じで不意打ちを食らわされました。

男の変態感と娘のMっ気は、もう第一章からじわじわと現れているので、これはいつ来るかいつ来るか、と思ってたら、口切りはなんと四章まで引っ張るという、上手ですねこれ。

「服を脱ぎなさい」
 男は言った。彼がわたしに発した初めての命令だった。この響きが自分だけのために向けられていると思うだけで、胸が震えた。
 わたしは首を横に振った。拒否するためにではなく、震えを悟られるのが恥ずかしくてたまらなかったからだ。
「何もかも、全部脱ぎなさい」

お見事、としかいえません。たまりまへんなあ。

官能小説なんてのもまた読んだことないですし、どういう感じなのかよく分からないのでして、これは全部読んでるうちにボッキしちゃうかなーとか思って読み進めたんですが、そういうものでもなかったです。ただ、娘がいたぶられているときに目に映るロシア語の辞書、なんていう仕掛けがエロいなあと思いました。いやでもエロくするならもっとできたはずなので、本書の主題をどこに置くかっていう文芸批評的なお話ってのは私はちょっと自信ないです。娘さんの年齢は十七歳で、売春婦もいる程度の町の規模であればしがらみもないんだろうしもっと思う存分愛し合うこともできたのではないかな、とか、作品の中で挿入についての言及がないことに思い至ってしまうのは私が男だからでしょうか、いやでも挿入したかしないかは、このくらいの年頃であれば重要なんじゃないかな、とか、いろいろ感じましたが、これは全部ひっくるめてフィクションということでいいでしょう。

読んでてすごく新鮮だったのは、読み手の自分の気持ちでした。主人公の「わたし」とは言うまでもなくホテルの娘さんでありまったくのフィクションなんですけど、「これってなに、主人公はつまりその、小川洋子さんでもあるわけか、こんなエロいこと考えてんのか、あるいは願望とかあったりしてなあうひゃひゃ!」と単純に思ってしまう部分も自分の中にはやはりありまして、それの行き過ぎた読者みたいなのがきっと「エーデルワイス」の素材になってるのでしょうね。例えばこの作品の作家がむさくるしい男だったとしたら、あるいは小川洋子さんがとんでもない不細工だったら、そう思ったのかどうか、自分でもよく分からないんですね。この辺の、作品の中の事象が、作家自身にどうしても投影されることについての問題ってのは、意外と根が深そうだと改めて感じました。