『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』を観ました

オリヴァー・パーカー監督、ローワン・アトキンソン主演の『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』を観ました〜。

原題はJohnny English Reborn、ジョニー・イングリッシュのシリーズ第2作で邦題は本家007のパクリ、などの情報を、私はまったく知りませんでした。ローワン・アトキンソンは好きでもスパイ映画にはなんの思い入れもないし、第1作を観てない立場でなにか語るのもおこがましいとは思いますが、この完璧なコメディ映画に敬意を表さずにはいられないという気持ちです。コメディとは何か、を論じるのは愚の骨頂ですが、なぜかコメディの質については明らかに観て分かるものです。ローワン・アトキンソンやこの映画の製作スタッフがやろうとしていることはレベルが高くて、ちょっと比較して論じるべきものではないかもしれません。


ローワン・アトキンソンが一流のお笑いプレイヤーであることはもはや言うまでもないことですが、そもそも大物コメディアンをフィーチャーする映画を考えた時に、そのお笑いの量をどう制御していくかというのがもっとも肝要だろうと思うのです。プレイヤーがプロダクションを率いてやりたい放題やるというアダム・サンドラーのような、日本で言えば松本人志のような、賛否両論のアクの強い作品を残す人もいる一方で、監督のオリヴァー・パーカー、脚本のハーミッシュ・マッコールとバランスをとったローワン・アトキンソンは、この作品の場合はとても心地良かったです。

コメンタリーを観て納得がいったんですけど、ローワン以外の俳優がコメディに反応しないように注意したこと、ひとつのセクション、シークエンスでひとつのギャグだけを入れること、ローワンの過剰な笑いで「ミスタービーン」的にならないようにしたこと、このあたりを鉄則として制作が進められたようです。そうすることによってお話自体が非常にスムーズになり、物語に美しささえ感じました。確かにネタ、ギャグっていうのは、本来物語を壊す役割を持っているものであることに気付かされました。もちろん実際にやっているネタはかなり古典的で、チベットで金玉鍛えるネタ、香港の暗殺ババアと他人を取り違えるネタは、そこそこのコメディアンならば誰がやってもそれなりの笑いになるだろうというベタな代物です。しかしあえて、そういったベタで陳腐にさえなりかねないことをローワンがスラリと見せるこの実力の凄さに、一体どれだけの人が気がつくんでしょうかね。私も確信を持って言えるわけじゃないのですが、これは本当にすごいことだろうなと、思います。

同じレベルのコメディを日本で作れるかと考えた時、まっさきに思い浮かべるのは志村けんです。しかし、振る舞い、眼差しといったコメディの身体的な部分についてはローワンにも引けをとらない技量を持っていると思うのですが、それだけではもちろんこれほどの映画は成立しません。それは単に監督や脚本が優秀だから、俳優とのコミュニケーションが良好だから、というわけではなく、いろんな業界のシガラミを突破しなければならないと思うのです。そんなことを考えると、この作品はプロダクツとして抜きん出て立派であると言わざるを得ません。ただ、志村けんは本気でこういった映画を作るべきだ、妥協せずに、と願ってやみません。


なにしろローワンは、普通にセクシーな男優なんですよねえ。かっこいい。このカッコ良さは多分身体的なコメディ体質からにじみでるものだと思うんです。だから絵になるし、こういったスパイ物も成立しちゃうと。稀有な存在ですね。完璧過ぎて、逆にそこだけが気になる点と言うこともできます。コメディに一切反応しない脇を固める役者陣はだれもが素晴らしかったんですが、中でもロザムンド・パイクは推しまくりたいところ。隠しようがない上品さと美しさ、たまりませんねー。