『干支セトラ,etc.』を読みました

奥本大三郎さんの『干支セトラ,etc.』を読みました〜。

干支(エト)セトラ、etc. (岩波新書)
奥本 大三郎
岩波書店
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本のタイトルからして何かを予感させるものがあったんですけど、これは編集者の勝利って感じがします。奥本さんの魅力ってのがどういうものかを知らないまま読んだんですが、これはもう干支の知識どうのこうのよりも、奥本大三郎という名前を頭にインプットするための本であったような気がします。この新書もまた、よくある雑誌連載した原稿の切れ端の寄せ集めなんですが、「寄せ集め本」の中では気持ちいい本に仕上がっています。

タイトルの通り、干支のそれぞれの動物についてのエッセイを、かなりランダムに気さくに並べて、なおかつ12章では足りなかったのか、その他もろもろの動物についてのエッセイがその後に続きます。それがですねえ、奥本大三郎さんという人が日本に『ファーブル昆虫記』を伝えた仏文学者であり昆虫のエキスパートであり、ふむふむ学者さんなのねと思いながら本を開き、一番ハナの章が干支の「辰」なんですけど、その書き出しが

去年、龍が死んだ。
澁澤龍彦氏。昭和三年、辰歳生まれ。享年五十九。

で始まるもんですから、最初にうわ〜カタイって思ったんですよね。こんな柔らかいタイトルなのに、巨魁・澁澤龍彦がまずはじめに来るのかよっていう、椅子落ち的な感覚、分かりますでしょうか。これ、干支なんだから、普通は「ね」から始まるもんでしょ、でも「たつ」から始まったと。だから澁澤さんが死んだってことからまず書き始めたかったんだろうなと思うんですよ。だから「辰」とか、その次の「巳」あたりの章はですね、わりと緊張感のある、格式を守った体裁の文章なんですよね。

ところがですよ、おおおって思って読んでるうちに、だんだん奥本さんの手の内が読めてくるんです。つまりこれは連載モノであったわけだから、次はウマか、次はヒツジか、という具合に決まってて、それに書くべきテーマを普段からメモかなにかに蓄えておいてそれで書くっていう形式だったんだろうなってのが分かっちゃうくらいに、途中からちょっとしたトピックの羅列になってくるんです。それも珍しいオモシロ話というわけでもなくて、どこかで目にしたような普通の話題なんですね。あれれ〜っていう。

これなら普通に「うわーヤッツケな本だなあ」と思いきや!

「戌」(イヌ)の章あたりから、別の雑誌に連載した文章を付け足してまして(「其の弐」「其の参」などと丁寧に分かれています)、そっちのつらつらと書いた私的な随筆文のほうが、これかなり面白いんです。そうなると、本編のほうは岩波文庫の『図書』で連載されていたもので、日々メモでもとってたんだろう真面目さだけが目についてしまいます。そりゃそうですよね、「干支をテーマに連載しましょう」っていう発注もひどいもんですが、それを受けて毎月うんうん唸って書いたにしても、自由度がない分窮屈になってしまうもんでしょう。だったら身の回りのことを書いたほうが面白いに決まってますし、これまた奥本さんの周りには不思議と面白いことだらけなんですよねえ。くっだらない話も少なくなくて、最初の澁澤龍彦ってのがなんだったんだよっていう感触です。

これで調子づいたんでしょう。干支以外の動物については言わずもがなのオモシロ文章です。猫とか一角獣、河豚とか鴨(この辺はただそれを食っただけじゃん!っていうw)が続きます。それにしてもこんなの、ホントよくまとめたなあという点で、最初に編集者の勝利って書いたんですけど、これでいっぺんに奥本さんのファンになってしまいました。オススメです。